« ミトラダテス1世 | メイン | パラフィン (paraffin) とは、炭化水素化合物 »

プロコピオスによる伝記について

将軍ベリサリウスの秘書官であったプロコピオスは、従軍経験を生かして記した『戦史』でペルシャやヴァンダル・東ゴートとの戦いを記し、その中でユスティニアヌスの征服活動を賞賛している。また『建築について』では、ハギア・ソフィア大聖堂をはじめとするユスティニアヌスの建築活動を称えている。

しかし、一方でプロコピオスは『秘史』という裏ノートを残した。そこにはユスティニアヌス・皇后テオドラ、ベリサリウス夫妻への批判が書き連ねられ、皇后になる前のテオドラのスキャンダラスな行いもこの『秘史』に記されていた。(なお、『戦史』については英語版がペンギン・ブックスのペーパーバックとして発行されている。)

プロコピオスによれば、ユスティニアヌスは中肉中背の丸顔で疲れを知らない健康的な男だったという。自らの生活は質素で、臣下からは「眠らない皇帝」と呼ばれるほど日夜を通じて精力的に政務に励んだ。
エージェント 癒し アロマ バイク 美容整形 リサイクル 専門学校 旅行 セミナー 特産物 美容 雇用 理容 旅行代理店 養育 美容整形 損害保険 成人病 植物 学習 インテリア プリスクール スポット 豊胸 交通地図 養毛 税理士 ペット 起業 運送 多汗症 通信販売 運勢 成人病 自動車 教育 古着 ステイ 水族館 脂肪吸引 ネイル 美容 建売 リフォーム 成人病 育児 多汗症 教材 語学 アウトドア

性格は怒りを決して顔に出さず、親しみやすく穏やかであったが、その一方で何千人もの無実の人々の殺害を平然と命令することのできる冷酷さを併せ持っていたという。

娼婦だった若いテオドラを正式な妻としたことから物議を醸した。優柔不断な性格であり、妻テオドラの助言に動かされる形で行動することが多かった。

ユスティニアヌスの肖像でもっとも有名なのはイタリアのラヴェンナにあるサン・ヴィターレ聖堂内陣にあるモザイク画である。ここには皇后テオドラの肖像も描かれている。

他にコンスタンティノポリス(現イスタンブール)のハギア・ソフィア大聖堂にある10世紀のモザイク画がある。ここでは中央に聖母子が描かれ、その左にユスティニアヌスが聖母子にハギア・ソフィア大聖堂を捧げ、右にコンスタンティヌス1世がコンスタンティノポリスの街を捧げるという形で描かれている。この図像から、後世の東ローマ帝国においてユスティニアヌスはコンスタンティヌス1世と並ぶ偉大な存在とされていたことが伺える。

またコンスタンティノポリスにはユスティニアヌスの銅像が乗った円柱があったとされているが、1453年にオスマン帝国によって東ローマ帝国が滅亡した際に破壊されたため、現存していない。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.benibana86.com/blog/mt-tb.cgi/1988

About

2009年05月29日 11:45に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「ミトラダテス1世」です。

次の投稿は「パラフィン (paraffin) とは、炭化水素化合物」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35