2009年07月04日

センター試験は問題の難度が

センター試験は問題の難度が難関大学の2次試験に比較して易しく、難関大学の受験生であれば高得点をマークすることが比較的容易であるため、そのような大学ではセンター試験の加点比重を小さくする措置をとる特徴がある。また、京都大学理学部のようにセンターを一次選抜のみに用い、本試は二次の難度の高い少数科目にしぼる、いわゆる私立型の試験形式となるものもある。

また、推薦入試制度を設けている国立大学もあり、入学する際に必要とされるのは推薦入試用の個別試験のみで、センター試験を受験する必要が無い場合もある(中にはセンター試験を利用した推薦入試もある為、一概には言えない)。つまり、センター試験前に国立大学への合格が決まってしまうわけである。

詳しくはそれぞれの大学のセンター試験傾斜配点などの案内に目を通されたい。
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また、日本の大学の内、国立大学は1/8程度であり、私立大学に比べて数が非常に少ないのも特徴である。

ほぼ全ての国立大学は、大学が所在する地域の名を大学名に冠している。例外として地名を用いていない国立大学は、電気通信大学および筑波大学と統合した旧図書館情報大学が挙げられる。なお、一橋大学(東京都国立市)の名称は、前身の東京商科大学があった東京都千代田区の一ツ橋に由来する。

2009年06月14日

パラフィン (paraffin) とは、炭化水素化合物

パラフィン (paraffin) とは、炭化水素化合物(有機化合物)の一種。炭素原子の数が20以上のアルカン(一般式がCnH2n+2の鎖式飽和炭化水素)の総称である。和名では石蝋(せきろう)という。

パラフィンが指し示す範囲は広いので一般に使用される場合、ある特定の範囲を指していることが多い。もっとも一般的な用いられ方としては、パラフィン類を原料として製造されるパラフィン紙などがある(詳しくは用途を参照)。日本では用いられないが、英国、南アフリカでは、灯油を指す言葉として一般に用いられている。
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非揮発性の精製した飽和炭化水素の混合物の総称。有機化合物の分類のひとつ(*1)。 有機化学での分類としては、炭化水素化合物でアルカン (alkane)(アルカン族)と呼ばれる(化学式ではCnH2n+2(アルカンの一般式)とあらわされる)物質の中で、n、つまり炭素原子の数が20以上のものを指す総称(物質をグループ分けするための名称)。または「パラフィン系」「パラフィン類」という分類はこの意味に基づく。アルカンとは、C−H、C−C 単結合(飽和結合)からなる鎖式(鎖状)構造を持つ「鎖式飽和炭化水素化合物」のこと。石油を精製してできる石油精製品、メタン、エタン、プロパンなどの仲間である。 *1 現代では、有機化合物という言葉は『炭素原子を構造の基本骨格に持つ化合物』であり、それ以外の意味を持たない。

2009年05月29日

プロコピオスによる伝記について

将軍ベリサリウスの秘書官であったプロコピオスは、従軍経験を生かして記した『戦史』でペルシャやヴァンダル・東ゴートとの戦いを記し、その中でユスティニアヌスの征服活動を賞賛している。また『建築について』では、ハギア・ソフィア大聖堂をはじめとするユスティニアヌスの建築活動を称えている。

しかし、一方でプロコピオスは『秘史』という裏ノートを残した。そこにはユスティニアヌス・皇后テオドラ、ベリサリウス夫妻への批判が書き連ねられ、皇后になる前のテオドラのスキャンダラスな行いもこの『秘史』に記されていた。(なお、『戦史』については英語版がペンギン・ブックスのペーパーバックとして発行されている。)

プロコピオスによれば、ユスティニアヌスは中肉中背の丸顔で疲れを知らない健康的な男だったという。自らの生活は質素で、臣下からは「眠らない皇帝」と呼ばれるほど日夜を通じて精力的に政務に励んだ。
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性格は怒りを決して顔に出さず、親しみやすく穏やかであったが、その一方で何千人もの無実の人々の殺害を平然と命令することのできる冷酷さを併せ持っていたという。

娼婦だった若いテオドラを正式な妻としたことから物議を醸した。優柔不断な性格であり、妻テオドラの助言に動かされる形で行動することが多かった。

ユスティニアヌスの肖像でもっとも有名なのはイタリアのラヴェンナにあるサン・ヴィターレ聖堂内陣にあるモザイク画である。ここには皇后テオドラの肖像も描かれている。

他にコンスタンティノポリス(現イスタンブール)のハギア・ソフィア大聖堂にある10世紀のモザイク画がある。ここでは中央に聖母子が描かれ、その左にユスティニアヌスが聖母子にハギア・ソフィア大聖堂を捧げ、右にコンスタンティヌス1世がコンスタンティノポリスの街を捧げるという形で描かれている。この図像から、後世の東ローマ帝国においてユスティニアヌスはコンスタンティヌス1世と並ぶ偉大な存在とされていたことが伺える。

またコンスタンティノポリスにはユスティニアヌスの銅像が乗った円柱があったとされているが、1453年にオスマン帝国によって東ローマ帝国が滅亡した際に破壊されたため、現存していない。

2009年04月25日

ミトラダテス1世

先々王フリアパティウスの息子として生まれ、兄王フラーテス1世によって後継者に指名されて王となった。即位10後の紀元前160年前後から対外戦争に没頭した。当時パルティアの近郊ではミトラダテス1世と時を同じくしてグレコ・バクトリア王国の王となったエウクラティデスが勢力を拡張していたが、ミトラダテス1世はこのエウクラティデスと戦ってアスピオンとトゥリワの2州を奪取した。またマルギアナなども支配下に納めて、周辺でのパルティアの優位を決定的なものとした。

西方遠征
続いて行われた西方遠征では、セレウコス朝のイラン高原支配の拠点であったメディアが焦点となった。メディア総督ティマルコスとの戦いでミトラダテス1世は苦戦したが、ティマルコスはセレウコス朝内部でのアンティオコス5世とデメトリオス1世の王位継承争いに乗じて独立を図り、デメトリオス1世の討伐を受けて殺害された。そのデメトリオス1世もアレクサンドロス1世によって殺害され王位を奪われるに及び、メディア地方の防御は緩み、ミトラダテス1世は紀元前148年から紀元前147年にかけて、メディアの首都エクバタナを陥落させてこれを支配下に置くことに成功した。メディア征服以後、ミトラダテス1世は大王(バシレオス・メガス)を称するようになる。

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紀元前141年にはバビロニア地方に侵攻してセレウコス朝のバビロニア支配の拠点セレウキアを陥落させ、同年中にメソポタミア南部のウルクまで進出し、翌年にはセレウコス朝から自立していたエリマイス王国に侵攻してスサを陥落させ、メソポタミアの大半を支配下に収めた。その後、東方でサカ人の侵入があったために、ミトラダテスはバカシスなどの将軍達にバビロニアとメディアを任せ、サカ人の撃退に向かった。

セレウコス朝の反撃
セレウコス朝では尚も王位継承の争いが続いており、トリフォンとデメトリオス2世が争っていた。デメトリオス2世がシリアでの戦いで敗れメソポタミアに移動すると、パルティア支配を嫌うギリシア人の諸ポリスはデメトリオス2世を解放者として迎え入れ紀元前140年に大規模な反乱を起こした。この反乱にはエリマイス王国、ペルシス王国も加わり、また東方ではグレコ・バクトリアもこの動きに同調してパルティアを攻撃した。

パルティア軍は当初バビロニアから撤退を余儀なくされたが、間もなくデメトリオス2世を破ってこれを捕虜とし、翌年には反乱は鎮圧された。デメトリオス2世は彼を破った将軍達によって市中を引き回された後で東方にいたミトラダテス1世下へ送られた。ミトラダテス1世はデメトリオス2世と自分の娘ロドグネを結婚させた。こうしてバビロニアとメディア、そしてイラン高原に対するパルティアの支配が確固たるものとなったが、しかしバビロニアやエリマイスの征服によって、膨大なギリシア人人口を抱えることとなったパルティアは、これ以後ギリシア人の文化的・経済的影響力の大きさと、その反パルティア、親セレウコス朝、親ローマという政治的傾向に長期に渡って悩まされることとなる。

ミトラダテス1世は紀元前138年に死去し、王妃リインヌとの間の息子フラーテス2世が王位を継いだが、彼はまだ幼くリインヌが摂政(共同統治者)となった。

ミトラダテス1世(Mithradates I、在位紀元前171年 - 紀元前138年)は、アルサケス朝パルティアの王。大国としてのパルティアの地位を決定付けたという意味でパルティア初期の王達の中でも最も重要な人物の1人であり、「大王(バシレオス・メガス)」を名乗った。しばしばミトリダテスとも表記され、現地語ではミフルダートと呼ばれたと考えられる。

2009年04月09日

ハードロックとプログレッシブ・ロック

1960年代の終わりにレッド・ツェッペリン、ジェフ・ベック・グループが登場しブルース・ロックの演奏者たちは次第に、「ブルースをよりロックらしく演奏する」ことに重点を置くようになった。これは、ブルースをよりヘヴィで電気的な音で演奏することを意味する。前項で触れたエレクトリックギターのエフェクター類の発展や、大音量の出せるPA等も、これらの新しいサウンドを支えた。こうして生まれた潮流がハードロックである。特にレッド・ツェッペリンは、マスコミに露出することを嫌い、メディアにあまり登場しなかったにもかかわらず1970年代、世界で最も成功したスーパースターとなった。ディープ・パープル、グランド・ファンク・レイルロード、ブラック・サバスらが後に続き、1973年にはその影響を受けたクイーン、キッス、エアロスミスがデビューし、スージー・クアトロがハードロックに転向した。

同様に1960年代の終わりには実験的サウンドへの志向が強まり、長尺の曲や、哲学的なメッセージを込めた歌詞、楽器の演奏技術を極限まで高める風潮を呼んだ。この傾向はヨーロッパ、特にイギリスにおいて強く、シンセサイザーやメロトロンをフィーチャーし、クラシックをバックボーンに高度な技術を駆使したロックをプログレッシブ・ロックと呼ぶ。代表的なバンドはピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、エマーソン・レイク・アンド・パーマー、ムーディー・ブルース、ジェネシス等である。

この時期にはウッドストック・フェスティヴァル(ラテン・ロックのサンタナが華々しく登場)やモンタレー・ポップ・フェスティヴァルなどの大型野外イベントが開催され、ロックの社会的影響力が大いに増した。

こうした時代を象徴するのが、シンガーソングライター、スワンプ・ロック、サザン・ロックといった動きである。シンガーソングライターというのは本来、自作自演の歌手という意味だが、ここではパーソナルな心情をアコースティック・ギターを中心とする控え目なサウンドに乗せて歌う人たちを指す。ジェームス・テイラーやキャロル・キングがこのムーヴメントの中心である。1960年代のロックの社会変革的な思想に疲れた人々の耳を、彼らのサウンドは優しく癒したのである。

スワンプ・ロックとサザン・ロックは、カントリー・ロックと同様、土の香りへの回帰を意図するサウンドである。この動きもまた、それまでのひたすら革新を求める動きとは異なり、聴き手に安らぎを与えるものとして機能した。スワンプ・ロックはロサンゼルスで活動するデラニー&ボニーやレオン・ラッセルを中心とした動きだが、イギリスのジョージ・ハリスンやエリック・クラプトンも同傾向のサウンドへと向かった。サザン・ロックもサウンドの傾向は近いが、アメリカ南部を活動拠点とするオールマン・ブラザーズ・バンドやレイナード・スキナードの音楽を特にこう呼ぶ。

一方で1960年代後半に誕生したカントリー・ロック、ハード・ロック、プログレッシブ・ロックといった動きはこの時期にも盛んで、1960年代の思想的背景を失ったことにより、むしろ商業音楽としての自由度を確保したとも言える。また、この時期にはロックの持つある種の過激さを極度に薄めて、むしろポップスと呼んだ方が適切とも言えるカーペンターズやブレッドが登場し、ロックの裾野を広げた。

1970年代前半、イギリスではファッションと演劇性を重視したT・レックス、デヴィッド・ボウイらのグラム・ロックが人気を集めた。

また1974年から1977年、ティーンエージャーのアイドルとしてベイ・シティ・ローラーズが第二のビートルズと呼ばれるほどの人気を得た。ロックはポピュラー音楽の中心としての地位を確実なものにしていった。

パンク・ロックの勃興(1975年-1980年) [編集]
1970年代前半は、複雑で大作主義のプログレッシブ・ロックやハードロックに代表される、お金や高度な技術が必要なロックに支配されていた。それに対して「ロックは死んだ」と宣言しストレートでシンプルなロックに回帰したロック・スタイルが、1970年代に生まれたパンク・ロックだった。

ニューヨーク・ドールズやパティ・スミス、ラモーンズなどによりニューヨークで1973年ごろ誕生したという説もあるパンク・ロック(いわゆるニューヨーク・パンク)は、ラモーンズのロンドン公演などを機にロンドンでも存在が知られるようになる。
その直後からセックス・ピストルズが登場、ダムド、ザ・クラッシュらが続きロンドン・パンクが興隆、大きな社会現象となる。当時のロンドン・パンクは、ロックンロールの原点に戻った、テクニックを気にしない「衝動」と「勢い」の攻撃的な演奏、右翼からの襲撃対象となる程の権力や体制に反抗的で過激なメッセージ性により、不満を抱えた労働者階級の若者たちの間で熱狂的に支持されていった。また、短くカットした髪を逆立たせ服を破いたそのスタイルも、パンク・ファッションとして若者の間でブームとなる。

しかしアメリカでは大きなリアクションを得ることが出来ず、旗手であったセックス・ピストルズの解散以後、急速にパンクロック・シーンは変容、わずか数年ほどの短期間でこのムーブメントは終息していく。

一方で、ポール・ウェラー率いるザ・ジャムは、パンクでありながらもその精神性はザ・フーやキンクスらに追随するモッズスタイルを貫き、「ネオ・モッズ」として熱烈な支持を獲得。また、ピストルズ解散後のパンク・シーンを牽引したザ・クラッシュは徐々にパンクに留まらない幅広い音楽性を発揮し、世界的なバンドへと成長していった。

ちなみに、当初ブレイクする事のなかったアメリカにわたったロンドン・パンクであったが、その後細々とアンダーグラウンドで受け継がれ、後年にはノー・ウェーブやジャンクなどのより先鋭的なサウンドを生み出し、オルタナティヴ・ロックの基礎を作り上げていくこととなる。

ニューウェイヴとポスト・パンク(1976年-1986年) [編集]
パンク終息後のイギリスではニュー・ウェイヴというジャンル/言葉が生まれた。パンクの刷新性や精神を受け継ぎつつも、より幅広い音楽表現を追求した多様なバンドが数多く出現し、洗練を強めるシーンによってそれまで全盛を極めていた長髪のロッカーたちはオールド・ウェイヴと言われるようになる。

セックス・ピストルズ以前からロンドン・パンクの人気バンドであったストラングラーズも、内包するサイケやプログレの要素を開花させて、パンクからニューウェイヴへの発展を印象付けた。
2トーンと呼ばれるスカのビートを取り入れたパンクを生み出したマッドネスやスペシャルズ、アメリカからはアフロリズムを呑み込んだトーキング・ヘッズが登場し、それぞれロックにワールドミュージックのエッセンスを加えた。一方で、ディーヴォ、ニューオーダー、デペッシュ・モードらは当時先進的だった電子機材を大胆に導入してエレクトロニック・ミュージックをロックに定着させる新しい音楽を創る。その他、エッジが効いた鋭角的なギターサウンドによりポスト・パンクとも呼ばれたXTCやギャング・オブ・フォー、ザ・スミスらも一時代を築いた。

そんな多種多様なバンドが興隆するシーンの中でも特に、ホワイト・レゲエと呼ばれたポリス、パンクを昇華したギターポップを奏でるエルヴィス・コステロ、カルト的な表現の中に文学・哲学性を併せ持つザ・キュアー、社会派メッセージを壮大に叫ぶU2らは、商業的にも破格の成功を収めて世界的なビッグ・バンドとなった。

ヘヴィ・メタルの隆盛(1980年-1990年) [編集]
1969年から1976年にかけて一時代を築き上げたハード・ロックは圧倒的な人気があるだけでなくプログレッシブ・ロックと共に時代の最先端でもあった。しかし、1970年代後半のパンク・ロックやニューウェイブ・ムーブメントによりイギリスではオールドウェイヴ扱いとなり、1980年代にはその長髪と共にイギリス以外の国でも時代遅れのスタイルとみられるようになった。

そんな状況を打破したのは、1980年のアイアン・メイデン、デフ・レパードのメジャーデビューであり、彼らの台頭によるハード・シーンの復権は『NWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)』と名付けられた。このムーブメントはイギリス全土に広がり、この頃には従来のハード・ロックと区別される形で「ヘヴィ・メタル」の言葉も一般化する。

イギリスに続いてアメリカにおいても、モトリー・クルーやラットの成功によりロサンゼルスを中心としたLAメタルと呼ばれたブームが生まれ、ドッケン、W.A.S.P.、ナイト・レンジャーなどのバンドが次々とメジャーデビューを果たしメタルシーンは活性・肥大化。
80年代中期からは、オジー・オズボーンやエアロスミス、ホワイトスネイクの再ブレイク、ボン・ジョヴィ、ガンズ・アンド・ローゼズらのデビューと大ヒットにより、ヘヴィメタルは巨大化の度合いを強めていき、ポイズン、シンデレラ、スキッド・ロウなどが次々とブレイク。適度なワイルドさとキャッチーさを合わせ持ったヘヴィメタルは、MTVの大々的なバックアップもあってミュージックシーンを席巻することとなる。

ロック史においてこのHM/HRの存在を大きく捉えるのも日本の特徴であり、いわゆる「ロックミュージック」というと日本では一般的にこの時代のHM/HR的な音楽性が想起されやすい傾向がある。

アンダーグラウンドではハードコア・パンクの影響もあり、ヘヴィメタルの攻撃性・速さを追求したロックミュージシャンが勢力を拡大した。メタリカ、スレイヤー、メガデスらにより確立されたスラッシュメタルは、アンダーグラウンドで多くのファンを獲得していき、後のブラックメタル、デスメタルに多大な影響を与えた。

キャリ プラス 百目柿 コロッケ ピロー ビリア ブルース プレイパ ライブ 二輪草 タイム ミルク とまぴ こげちゃ だいせん おおば ダブル ネービ ヨハネ ほろば リル アイアール カレンシー がいせい ハイピッ にがうり トラップ フィス マロニ 紅い橋 プロイ みぎわ フォト モールド パンク メーク トリオ カバラ ライチー ハラム ギキョウ ナビリネン げきけい ブタノール スワン ナレッジ コクシ ディン トルコ マグレブ

2009年03月25日

8000系への編入

2008年10月19日に中之島線が開業し、その際に投入される予定の新型車両は3000系(2代目)となった。それに合わせ、形式番号が重複することになる本系列は運用と主要機器類が共通する8000系へと編入された。[1]

奇しくも、先々代の特急車1810系が1900系に編入されたのと同様の歴史を歩むこととなった。

改番前
3505 - 3105 - 3205 - 3805 - 3755 - 3655 - 3155 - 3055
改番後
8531 - 8131 - 8231 - 8831 - 8781 - 8681 - 8181 - 8081
改番前の同年6月15日から24日まで、先頭車の前面に「3505-3055編成 ファイナル!」と表記された特製のヘッドマークが装着され、3000系としての運用終了をアピールした。

そして8000系への編入の際に、車番の色が白色から黒色に変更された。なお、この系列編入の時点では塗装変更は行わず、改番後も3000系時代の塗装で運用されている。


譲渡車両
本系列は、富山地方鉄道と大井川鐵道にそれぞれ先頭車両が譲渡され、2009年現在でも使用されている。ただし、両社とも狭軌路線のため、実際には車体のみの譲渡である。

富山地方鉄道10030形電車 [編集]
富山地方鉄道へは以下の各車が譲渡された。

1990年譲渡:
3001(モハ10031)-3501(モハ10032)
3018(モハ10033)-3518(モハ10034)
1991年譲渡:
3003(モハ10035)-3503(モハ10036)
3004(モハ10037)-3510(モハ10038)
3014(モハ10039)-3513(モハ10040)
3017(モハ10041)-3517(モハ10042)
1992年譲渡:
3016(モハ10043)-3515(モハ10044)
1993年譲渡:
3010(モハ10045)-3509(モハ10046)
※括弧内は富山地方鉄道で付与された新形式番号

富山地方鉄道へ譲渡された車両は、主電動機出力を基準とする同社の形式命名規則に従い10030形という形式を与えられた。しばらくは京阪時代の塗装で使用され、テレビも残されていたが、テレビは特急運転時に富山の観光ビデオ放送などに活用されていた。

当時、富山地方鉄道では自社の旧型車淘汰を目的として中古車を探しており、当初は同時期に廃車が進んでいた阪急電鉄の2800系の車体を購入し、これを2扉クロスシート車に復元することを計画していた。ところが、車体は調達できても座席が調達できず、各所に手を尽くして座席探しに奔走する過程で出物として現れたのが本系列の座席であった。しかし3扉化された同系列の2扉車への復元は車体の痛みが激しかったために困難な状況[41]であり、それよりも現役の2扉クロスシート車であり、かつ年式もより新しく状態の良い本系列の車体をそのまま譲受した方が改造の手間が格段に少なくなるため、阪急2800系の車体を譲受するという当初の計画は中止され、まず1990年8月20日付で除籍された3001Fのうち3001と3501の2両がトレーラーによる陸送で譲渡された。

本系列のトップナンバーであるこれらの2両は、それでも当時の富山地方鉄道在籍車の大半より車齢が若く、10030形第1編成として竣工後、実見した同社首脳陣がその車内設備の優秀さに驚いてすぐさま追加譲渡が決定したと伝えられている。

その後16両が出揃った10030系は同社オリジナルの黄色と緑の塗装に変更され[42]、テレビも撤去されて2009年現在もこの塗装で運用されている。またワンマン改造を受け[43]、日本製鋼所製密着自動連結器から柴田式密着連結器への再交換やスカートの取り外しも行われた。

台車や主電動機は本系列と同様構造の狭軌用ダイレクトマウント台車を採用していた帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)3000系の住友金属FS-336であったが、乗り心地改善のため、後半に同じ営団3000系発生品ながらSUミンデン式の住友金属FS-510へ変更され、一部編成についてはJRの485系特急電車の廃車発生品であるインダイレクトマウント式のDT32Eに交換され、これに伴い主電動機も定格出力75kWの三菱MB-3054から120kWのMT54となって高出力化が実現している。また、ブレーキは既存車との混結などを考慮し、京阪時代の電気指令式ブレーキから電磁直通ブレーキに変更され、運転台も大きく手が加えられている。なお、側面に設置されていた種別表示機は当初、自社仕様の種別・方向幕が装備されていたが、その後、全般検査の際に塞がれ、車内の補助席も常時使用停止となっている。座席シートについては、経年劣化が進んだことから順次、モケットの張替えなどが実施されている。

大井川鐵道3000系電車 [編集]
大井川鐵道へは3000形3008と3500形3507の2両が譲渡された。これらはワンマン化されたが、塗装は京阪時代のままで使用されている。ただしこちらも前面下部のスカートは撤去されている。車内には自動販売機が設置されている。台車は元営団5000系の住友金属FS-502Aに交換され、電装品も同系列からの発生品に交換されている。

大井川鐵道では既に初代小田急3000形電車「SSE」の第1編成を譲受したものが3000形として在籍していたことがあり、本系列の譲受車は3000形としては2代目となる。

関連商品 [編集]
本系列はHOゲージやNゲージの鉄道模型として複数のメーカーから複数回製品化されている。

HOゲージ
1970年代に『フェニックス』から真鍮製バラキット(半田付けで組み立てる半製品)として製品化され、1978年頃に京都東山三条の老舗模型店『ユニバーサル模型社』からこれを組み立てた特製完成品が3両と4両のセットで販売された[44]。
1980年頃には『京都模型』よりフェニックスのキットを東京の鉄道模型メーカー『カツミ』で組み立てた4両セットの特製完成品が発売された。
1999年にはガレージキットメーカー『東モデル』より3805号DD車のキットが300台限定として発売された。
2002年には『カツミ』が更新後の8両編成を完成品とキット(台車・モーター・パンタ別)の形態で販売された。なお、フェニックスのキットと床下機器は改良されて『KODAMA』ブランドで、台車も「カツミ」から現在も鉄道模型専門店などで販売されている。
Nゲージ
1980年頃に『エンドウ』が真鍮板プレス一体成形車体による金属製完成品を1両ずつのバラ売り形態で5000系とともに発売した。この製品には責任事故皆無記録の新記録達成時に記念品として特製ケース入りの3両セットが京阪から特注され、社員に配布されたという逸話が存在する。
Nゲージでは、その後は約20年近くに渡って製品化が途絶えたが、21世紀に入ってからは『遊々倶楽部』から真鍮製キットとして更新前3・4両編成と更新後8両編成の3種のセットが販売され、さらにマイクロエースから更新前の3012F7両編成と更新後の8両編成の2種がプラスティック製完成品セットとして2005年に発売されている。遊々倶楽部・マイクロエースともにバリエーション展開として譲渡先の富山地方鉄道・大井川鐵道仕様の2両編成が製品化されている。
その他
2008年8月23日にはBトレインショーティーでも私鉄限定版で発売された。3000系の更新前と8000系30番台が別々に製品化されている。

その他 [編集]
京阪では1970年まで工事資材運搬用の電動貨車に3000番台の形式が付けられており、3000番台の形式を名乗る車両としては本系列は2番目である。電動貨車は本系列の登場に備えて100番台の形式に改番された。
登場当時の鉄道趣味誌(「鉄道ジャーナル」1971年9月号)には、設計段階で検討された先頭案模型の写真が掲載されている。その中には後の小田急電鉄9000形に類似したものなど大胆なデザインもあったが、結局従来の京阪スタイルを踏襲したものに落ち着いた。
1972年に2次車が竣工した際、特急の鳩マークにちなみ、伝書鳩と京都・大阪間の「速さ比べ」をする催事が営業運行前の試運転を兼ねて実施された。両者が同時に三条駅を出発する形で行われ、本系列が鳩より先に到着して面目を保った形になった。この競走は、後年に京阪の広報誌「グラフ京阪」(現在廃刊)でも掲載されていた。

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2009年03月09日

チェロ協奏曲 (ドヴォルザーク)

ドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調 作品104、B.191は、1894年から95年にかけて作曲されたチェロ協奏曲。交響曲第9番「新世界より」や弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」と並ぶドヴォルザークの代表作の一つであり、一部の音楽愛好家には「ドヴォルザークのコンチェルト(協奏曲)」を短縮した「ドボコン」の愛称で親しまれている。ドヴォルザークにはこの作品の他にもピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲が存在するが、その認知度には大きな差があり、「ドボコン」の愛称は一義にこの作品を指す。チェロ協奏曲の中で最も有名な作品の一つで、チェロ奏者にとって最も重要なレパートリーである。なお、ドヴォルザークにはこの曲の他にもう一曲、習作時代(1865年)のチェロ協奏曲(イ長調、B.10)があるが、こちらはオーケストレーションも完成していない未完成作品で演奏される機会はほとんどない。

この協奏曲は、アメリカ時代の終わり、チェコへの帰国直前に書かれた作品で、ボヘミアの音楽と黒人霊歌やアメリカン・インディアンの音楽を見事に融和させた作品として名高い(これについて、芥川也寸志は「史上類をみない混血美人」という言葉を贈っている(『音楽を愛する人に』1971年)。

この作品の主題が先住民インディアンや南部の黒人の歌謡から採られたという俗説があるが、これについては作曲者自身が友人のオスカール・ネダブルに宛てて1900年に書いた手紙の中で明快に否定しており、その後の研究でもそのような歌謡は見つかっていない。こうした誤解は、この作品がいかに親しみやすい旋律に満ちているかを物語る証左であるが、それと同時に独奏チェロの技巧性を際だたせる場面にも富んでいる。また、低音の金管楽器を巧みに用いることで、シンフォニックで、かつ柔らかな充実した響きをもたらすことにも成功している。協奏曲には異例な程オーケストラが活躍する曲であり、特に木管楽器のソロは素晴らしい。さらには、主題操作の妙や確かな構成と、協奏曲に求められる大衆性と芸術性を高度に融合させた傑作である。

この作品を知ったブラームスは「人の手がこのような協奏曲を書きうることに、なぜ気づかなかったのだろう。気づいていれば、とっくに自分が書いただろうに」と嘆息したと伝えられる。

作曲の経緯
1894年11月から翌1895年2月にかけて作曲された。きっかけは同郷のチェロ奏者、ハヌシュ・ヴィハンからの依頼である。作曲が一度完了後、第3楽章に大幅に手が入れられている。この修正は後述するドヴォルザークの個人的事情によるものだった。

1895年8月にドヴォルザークのピアノ伴奏で試弾したヴィハンは、ソロパートが難しすぎるとの感想を述べ修正を提案したがドヴォルザークは納得せず、カデンツァを入れようと言う提案には激怒。ついには世界初演をヴィハンではなくレオ・スターンに任せるといった一幕もあった。

初演
1896年3月19日、ロンドン・フィルハーモニック協会の演奏会。独奏は先に述べたようにレオ・スターン、作曲者自身の指揮による同協会のオーケストラによる。

依頼者のヴィハンはチェコでの初演を担当し、この曲を献呈されている。

楽器編成
独奏チェロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン3、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、トライアングル、弦楽五部

楽章構成
Allegro
Adagio ma non troppo
Allegro moderato

演奏時間
約40分。
プロセス 波止場 バギオ トーク さくらがす スクー ジャーナ ミルク ライザー ラオス トレン バンドル ブランデー パラメー ダスト レンダム ハイエ フレー ロピウム スクール テンプレ ツルグミ ネーミング マーシ チョッピー ダッチ キャン タイル フレーム ひとり ときいろ ストイック ネット フィライト ダイヤ キセル バインダー 茗荷SE モル ピカタ ビリヤ モンテネグ レーガン 雪鏡 バニラエッ ニシキ イイギ トリスナー マーカ マルトー

楽曲の構成
第1楽章は、ロ短調で比較的厳密なソナタ形式に則った楽章。曲の冒頭でクラリネットがつぶやくように奏でる主題が第1主題である。第2主題はホルンが演奏するニ長調の慰めに満ちた主題。オーケストラがこれらの主題を提示し、確保した後、独奏チェロが第1主題を奏で、その動機をカデンツァ風に発展させながら登場する。速い動きの経過句を経て第2主題を独奏チェロが奏で、提示部コーダから展開部へと移る。再現部は、オーケストラが第2主題を演奏して始まり、独奏チェロがこれを繰り返す。ついで提示部のコーダ、第1主題の順に再現される。最後はロ長調によるトゥッティによる短いコーダで力強く終わる。
第2楽章はト長調、三部形式。ドヴォルザークのメロディーメーカーとしての天賦の才能がいかんなく発揮された、抒情性に満ちた旋律を堪能できる緩徐楽章。のどかな主題が最初木管楽器で提示され、これを独奏チェロが引き継ぐ。木管と独奏チェロが掛け合いで進行するうち徐々に他の弦楽器も加わり発展させてゆく。ト短調の中間部はオーケストラの強奏で表情を変えて始まるが、すぐに独奏チェロがほの暗い主題を歌い上げる。この主題はドヴォルザーク自身の歌曲「一人にして」op.82-1 (B.157-1)によるものである。やがて第1主題が、ホルンに再現され、第3部に入る。独奏チェロがカデンツァ風に主題を変奏し、最後は短いコーダで静かに終わる。
第3楽章はロ短調のロンド形式。ボヘミアの民俗舞曲風のリズム上で黒人霊歌風の旋律が奏でられるドヴォルザークならではの音楽である。ロンド主題の断片をオーケストラの楽器が受け渡しながら始まり、やがて独奏チェロが完全なロンド主題を演奏する。まどろむような第1副主題、民謡風の第2副主題といずれも美しい主題がロンドの形式に則って登場する。終わり近くで、第1楽章の第1主題が回想されると急激に速さを増して全曲を閉じる。

逸話
ドヴォルザークがこの曲で自身の歌曲を引用したのには理由があった。ニューヨークで作曲中に、夫人の姉であるヨセフィーナ・カウニッツ伯爵夫人(彼が若き日に想いを寄せた人でもある)が重病であると言う知らせを聞いたドヴォルザークは、彼女が好んでいた自作の「一人にして」を引用した。

1895年の4月にドヴォルザークは家族と共にプラハへと帰国。その1ヵ月後に彼女は亡くなった。彼女の死後、ドヴォルザークは第3楽章のコーダに手を入れ、4小節しかなかった部分を、第1楽章の回想と再び歌曲の旋律が現れる60小節に拡大している。

研究家達によれば、習作のチェロ協奏曲を書いていた時期と、彼女への想いを募らせていた時期がほぼ一致していることから、これらは当時の彼女への想いを振り返り、その後も親しくしていた彼女への感謝が込められていると考えられている。ヴィハンの修正などの提案にドヴォルザークが気分を害した(ヴィハンに「1つも音を変えてはならない」と念押しする書簡まで書いている)のも、彼にしか分からない気持ちがこめられていたからであった。

2009年02月21日

風の大陸

風の大陸(かぜのたいりく、The Weathering Continent)は、竹河聖によるライトノベル作品。古代の動乱の大陸アトランティスを舞台に、主人公ら3名の旅と冒険、そして大陸の運命を描く長編ファンタジー小説シリーズ。
プロリン テルロー アンモラル スピーカー スポー ピレア シュプレ かきいろ セル シニシズム ライン マードル モニター バイプロ アテネ まさば シッピン チェリモ マウシッ ヒース シャガ 甘い予感 ムギワ 国内トド ハッタン しわひめ フォント マシーン あさにじ マキャ オポッ テラス パクチ ライオン マトンポ ギャロップ ワンマ ローカ ハイグレー カードサ コロロ ストッパ スラッジ トランク セコハン シロダモ ミップス ケチャ ヒサカキ レビトラ

富士見書房の月刊ドラゴンマガジンに創刊号(1988年)から連載された。単行本は富士見ファンタジア文庫より刊行され、2006年4月発売の第二十八部を以って完結した。2007年10月に、全五巻の単行本が発売された。また、ドラマCDおよび劇場版アニメも制作された
ティーエ(アウル・トバティーエ)
主人公。薬師(くすし)の青年で、魔術も習得している。アラバスターのような乳白色の肌と、絶世の美女と見紛うばかりの美貌の持ち主。月の女神トバの化身を思わせる。淡い金茶色の髪、右眼はエメラルドの明るい緑と左眼は紫水晶の深い紫という左右の眼の色の異なる双眸を持つオッドアイであり、「世界の相」を持つといわれる。
半人半獣の伝説の種族・ケントウリによって山の奥深くで育てられ17歳の時に山を降りたが、世事に疎く、ウソが絶対につけない(言いたくなければ沈黙する)。来るべき大災害から大陸を救うため旅に出る。祖父は大陸最後の共和国・デン共和国の最後の国家元首アウル・バカンであり、母は大陸屈指の名門、カゼス王国の第二王女シレーナであった。誕生のその日に父、レンキエを失い、そのわずか数日後に生国デン共和国を、大国アドリエ王国の侵攻によって滅ぼされ、祖父と祖母ラウリアを失った戦災孤児である。
ラクシ・アーダ(イタール・クラレス・アルン・アーダ)
淡い赤銅色の肌と短い黒髪をした小柄で活発な男装の少女。アドリエに敵対する小国・イタール公国の姫君であったが、病弱な兄王ハラドを廃して自分を擁立しようとする家臣たちに反発し、断髪して出奔。ティーエと出会い、世事に余りに疎いティーエを心配し、用心棒の形で行動を共にする。次第にティーエに恋心を抱くようになる。どんなに旅の安全のために男の恰好や言動でいようとも、心は少女ゆえに。
ボイス・マグヌス(カイエ・アトゥス・ストゥル・マグヌス)
深い灰色の瞳を含めて全体的なイメージから灰色の大男に見える。大陸で最も信頼され尊敬される傭兵「自由戦士」の一員である歴戦の勇士。ティーエに生命を助けられ、「命の借りは命で返す」という自由戦士の掟から彼と行動を共にする。トリニダ王国の宰相の次男だったが、叔父ラドゥ・ランテルの陰謀で父を殺され、自身も賞金首となり、国を出奔して傭兵となった。通称の「ボイス」は「大男」の意味。膂力に優れ、両手持ちの大剣を武器とする。右頬に傷があったが、いつの間にか消えていた。
イルアデル
アドリエ王国の若き王。ティーエと瓜二つだがその色彩は微妙に異なり、黄金の髪と金に近い茶色の双眸で、やはり「世界の相」を持つといわれる。王宮の権謀術数の中にあって常に孤独に生きてきたが、「魂の双子」たるティーエと出会って心を通わせる。しかし…。母はカゼス王国の国王の弟の姫(ティーエの母の従姉妹にあたる)、イリリア。
漸く心を通わせるが、ボイスの恋人マンレイドを「世界の相」たる力の一端によりティーエと力を合わせて救うが、マレシアーナに妹を殺したのはイルアデルだと言われて真に受けたサダナフィンに殺された。
マレシアーナ
イルアデルの義妹にしてアドリエ王国の王女。後に女王となる。一見たおやかな美姫だが、実はかなりの策略家。母はバルリットでアドリエの下級貴族出身にして、イルアデルの実母を暗殺した張本人。
父王と母を殺した異母兄イルアデルを憎み、最初はアナイナに短剣を持たせて嫌がるのを無理矢理に暗殺に行かせて自害に追い込み、そうとは知らないサダナフィンをも王殺しの犯人にと企み念願のイルアデル暗殺を遂げる。
魔術師グラウル
アドリエ王国の暦司処長官。三十前後の背の高い男性。ヴァユラ(賎民階級)だが大魔術師と名高いラグルドの唯一の弟子。実はアドリエ王国の国王ネモスアデルの第一王子アデルカフィンであり、母は元奴隷だった。生母の身分が低すぎたがゆえに王太子となれず、マレシアーナの母バルリットの魔手から逃れるため、十三歳の時に母とともに王宮を去るものの、バルリットの部下によって母を殺害されてしまう。日常的に顎鬚を伸ばしているが、髭を剃ればなかなかの美貌の持ち主で、ネモスアデル王に風貌がよく似ている。マルバ・シレルという弟子がいる。
マルバ・シレル
アドリエ王国の平民階級出身。二十歳前後の好青年。暦司処の役人でグラウルの弟子。前途有望だったが、イルアデル死去に伴い、グラウルに付き従って太陽帝国に移る。
マンレイド
傭兵。ボイスの恋人。小国レキサントラの平民階級出身で、同国の女子軍に所属していた。通称はレイ。栗色の髪と、かなり青味の強い灰色の瞳をしている。
バリカイ
傭兵。ボイスの戦友。世渡り上手で如才無い面がある。マンレイドへの想いを心に秘めつつ、ボイスとマンレイドを見守り続けている。髪も目も黒い。
コルデ・フィテス・ターク
アドリエ王国の将校で、イルアデルの護衛を務める。イルアデルも彼だけは信頼していた。イルアデルからはフィテスと呼ばれる。マルバ・シレルと親交がある。後にイルアデルを暗殺の凶刃から守り切れずに心に深い傷を負った彼は国を出奔し、氷の島へと渡り「コルフィ・ターク」と名乗り旅をすることになる。
前第六侯カリスウェン(アリストゥマル・ラフィン・ハマン・カリスウェン)
現太陽帝国皇帝の息子。身分制度の無い共和国復興の夢を抱いてティーエやグラウルらと想いを共にするもその最中に失脚。後に星神殿大祭司となり、月神殿巫女王レイトリンと聖婚の儀式を執り行う。
キリ(ラトリエ・マスネル・キリルラナー)
太陽帝国現第六侯であり、前第六侯ハマン・カリスウェンの父違いの弟。下級貴族の家に育ったが、両親の死去に伴い、第六侯家に入り、兄カリスウェンの大祭司就任によって、正式に第六侯となる。
巫女王レイトリン
太陽帝国第七侯ザドウィル・モリスゼクルスの娘で、カリスウェンの従兄妹。身体が弱い。ティーエが初恋の相手で、カリスウェンが大祭司に就任しなければ、太陽神殿大神官となったティーエと聖婚によって夫婦となるはずだった。
マルト・バレム・カルナー
太陽帝国初代皇帝にして、カリスウェンの直接の先祖。下級貴族のバレム家から第六侯家に養子になり、皇帝になったうえで十侯制度を崩し、共和国を築こうとしたが、十侯の抵抗に遭って失敗、退位する。孫がカゼス王国から王女を妻に娶っている。カルナーは一夜にしか咲かない花の名前。男性系は天上にしか咲かない花といわれている。
ラセマ
巡検使カルナー・シリーズの登場人物で、クーリニル王国最後の女王。生涯独身を貫いたため子がなく、自身の死去の際、クーリニルを太陽帝国第六侯家に譲り渡した。カルナーに惚れていて、別れる前夜にカルナーと一夜を共にした。
アナイナ
マレシアーナに仕える女奴隷。十五歳くらい。盲目の母親クラト・アナリスと二十歳くらいの蟷螂師の兄サダナフィンがいる。マレシアーナから短剣を賜り、イルアデル暗殺を指示されるが、彼を恋い慕っていたがゆえに実行できずに自害する。

[編集] 小説
挿絵はいのまたむつみ(『風の大陸 氷の島』のみ若菜等+Kiによる)。

本編
風の大陸 第一部 邂逅編
風の大陸 第二部 精霊の歌
風の大陸 第三部 風雲の都市
風の大陸 第四部 宿命の都
風の大陸 第五部 葛藤の都
風の大陸 第六部 双影の宮殿
風の大陸 第七部 祭礼前夜
風の大陸 第八部 天命の大地
風の大陸 第九部 天命の時
風の大陸 第十部 太陽の都
風の大陸 第十一部 月神殿
風の大陸 第十二部 太陽神殿
風の大陸 第十三部 風雲
風の大陸 第十四部 渦
風の大陸 第十五部 本流
風の大陸 第十六部 水晶
風の大陸 第十七部 遺産
風の大陸 第十八部 十侯
風の大陸 第十九部 こころとこころ
風の大陸 第二十部 水面下
風の大陸 第二十一部 地の書
風の大陸 第二十二部 告発
風の大陸 第二十三部 有罪か無罪か
風の大陸 第二十四部 白光
風の大陸 第二十五部 大祭司
風の大陸 第二十六部 聖都
風の大陸 第二十七部 地流
風の大陸 最終章 祈り

外伝
風の大陸 外伝1 レキサントラの自由戦士
風の大陸 外伝2 レキサントラの女戦士
風の大陸 外伝3 虹の時間(とき)
風の大陸 氷の島(1) 黄金の夜叉
風の大陸 氷の島(2) 災厄神(ギクラバ)の子
風の大陸 氷の島(3) 雨の魔女
風の大陸 月光にさまようもの

2009年02月05日

クラーク・スティル (Clark Still)

アーケードゲーム『怒』シリーズの2Pキャラクターとして初登場する(同シリーズの1Pキャラクターはラルフ)。『ザ・キング・オブ・ファイターズ』(以下『KOF』と表記)では、ラルフとともにシリーズ全てに出場している。
まっち棒 きたみ ショートス バルト デンバー トスタチン チップ はじめて ばんか カラー ニュー ラジウム アドミラル プロフィット ネリカ スレッド 恋草子 ラッカー プレミア コリック サーフス ケード アサイン サーチ大潮 リンガ メイリオ オブラー ソクラ コサック からし菜 パラリ ゲバ上位 ヌーデン セルフレジ 草枕 トング 夢の果て ホソル びわ検 ひつじの涙 チャイ ナッツ パー 対策リマ ブラボ タイム ラングーン メキシコ ハクサンイ かいらん

『怒』シリーズ時はラルフの色違い[1]だったが、『KOF』以降は帽子とサングラスを着用して、金髪・碧眼の容貌になり、ラルフとは差別化されている。首から下の衣装の方も『KOF'99』(以下『'99』と表記)からラルフとは別の衣装になっている。技の内容も『KOF'95』(以下『'95』と表記)以降はラルフとの差別化が顕著になっていった。

ラルフと同じくアクションゲーム(アーケードゲーム)『メタルスラッグ6』にも登場して、衣装は『'99』から『KOF XI』(以下『XI』と表記)まで採用されている姿で再現された。

『KOF』シリーズをはじめとする対戦格闘ゲームでは、主にプロレスの投げ技を使う(中には漫画『キン肉マン』に登場する技も使用)。格闘スタイルは「=マーシャルアーツ + ハイデルン流暗殺術」となっているが、ハイデルンによる格闘術の指導は、その者の長所を伸ばすことであり、ラルフやクラークの戦闘スタイルがハイデルンと似ても似つかないのはこのためである。

『CAPCOM VS. SNK 2』のナイロビステージや『ネオジオバトルコロシアム』の通信基地ステージにて背景カメオ登場をしている。

人物
元情報員。『怒』でラルフの部隊に新顔として入ってきたとされる。傭兵になったきっかけはハイデルンに敗北し、勧誘を受けたから。

階級は中尉(作品によっては少尉。『メタルスラッグ6』では少佐と記載されている。マルコなどと年齢の関係で階級に差をつける必要が出たため)であるが、大佐のラルフとは仲の良い相棒と言った間柄。『怒』では少尉(二十代前半と思われる)。この時点では、敵か味方かわからない謎の男だった。なお、ハイデルン傭兵部隊の階級ではない。

あまり語気の強い言葉は使わないが、勝利台詞の中には厳しい言葉も多い。

レイバンのサングラスを愛用。そのサングラスで隠された彼の眉間には傷がある。それは、とある作戦の最中にラルフを庇った際についたもので、ラルフの足に目掛けて落下してきたトラップのナイフを(銃で両手が塞がっていたため)咄嗟に額で弾いた傷である[2]。義理堅いラルフの性格上、事実を知れば恩を返そうと無意識に無理をしてチームワークを乱してしまう可能性があると考え、クラークはその事をラルフに話そうとはしない。そのため、ラルフは未だに傷の理由に気付いていない(或いは気付かない振りをしている)。

『'99』では「ウィップ」という少女が新たに部下となった。「ウィップ」というコードネームは、クラークが付けたもので、彼女はこの名前を「気に入りました」としている。逆に、ラルフが名付けた「ムチ子」という名前に対しては不快感をあらわにした。攻略本『THE KING OF FIGHTERS 2000 ALL CHARACTERS BIBLE』では「ウィップといい関係?」と表記されている。

ゲーム上の特徴
『KOF』シリーズ第1作となる『'94』から、ラルフとは性能の差別化がはかられていた。基本的な違いは、斜めジャンプキック攻撃、ヒット効果がラルフとは異なる「バルカンパンチ」、「スーパーアルゼンチンバックブリーカー」の有効間合いの広さ、超必殺技(ラルフは打撃、クラークは投げ技)である。通常必殺技にもグラフィックはほぼ共通ながら、攻撃判定や食らい判定の大きさに細かい違いがある。

『'95』では新しいコマンド投げが追加され、さらに「ウルトラアルゼンチンバックブリーカー」の有効間合いが大きく広がった(大門五郎の「天地返し」に肉薄するほど)。『'99』では、『KOF'96』(以下『'96』と表記)で削除された「ガトリングアタック」が復活し、「ナパームストレッチ」による追撃ができるようになるなど、シリーズが進むごとに異なる進化を遂げている。

現在ではシリーズ屈指の「投げキャラ」という地位を確立しており、年度毎に性能差はあるものの、常に安定した強さを誇り、永続的な使用キャラクターとしても人気が高い。

技の解説
通常技
操作 立ち(近距離) 立ち(遠距離) しゃがみ 垂直ジャンプ 前方ジャンプ 後方ジャンプ
弱パンチ チドニークラッシュ 左ストレート しゃがみパンチ ハリケンボルト 脳天から竹割り
強パンチ チョッピングライト メテオドロップ 双龍破 ナイアガラドロップ ノーザンライトボム
弱キック ひざ蹴り ミドルキック しゃがみ蹴り デビルギロチン ジャコビニ流星キック
強キック ニールキック パイルバンカー しゃがみ足払い ブルギロチン テキーラサンライズ
攻撃避け かわし
避け攻撃
カウンター攻撃 ジェットアッパー
ふっ飛ばし 32文キック(その場で小さく浮いて両足で蹴り付けるものだが、地上判定であるため、ダウン効果の無い攻撃を食らうとその場で仰け反る) 『'94』:テキーラサンライズ
『'95』以降:アウトローキック

特殊技
ストンピング
『KOF'97』(以下『'97』と表記)にて追加された特殊技。わずかに前進しながら体を捻って蹴り付ける。

投げ技
ショルダーバスター
相手の体を両手で持ち上げてから屈みこみ、自分の膝に叩きつけてダウンさせる。『'95』での技名は「デスマウンテンバスター」。
ピラミッドドライバーEX
『'96』にて追加された通常投げ。相手の体を高く持ち上げてから反転させ、頭から地面に叩き付ける。
フィッシャーマンバスター
相手の体を掴んで大きく倒れこむようにして、相手の頭から背後に叩き付ける。
デスレイクドライブ
『'96』にて追加された空中投げ。空中で捕えた相手を片手で勢い良く地面に投げ捨てる。
投げっぱなしジャーマン
『'97』にて追加された通常投げ。相手を掴んで仰向けになりつつ後方に投げ飛ばす。

必殺技
バルカンパンチ
片手による超高速のパンチ連打を繰り出す。ラルフと同じ技だが、火花は発生しない・多段ヒットするという点で異なる。さらに、ボタン連打を続けることで技の持続が可能なだけでなく、当てている間の相手の体に食らい判定を残すことが可能で、『'95』までは、画面端でこの技を上手に使うことで、相手を「お手玉」のように浮かし続けることもできる(技を当てたときの反動がより少ない弱威力で出すと効果が高い)。
ラルフとの差別化のためか、『KOF'98』(以下『'98』と表記)を最後に削除された。『'96』から『'98』までの間は、レバー入力による前進が可能(後退は不可)。
ガトリングアタック
前方へ滑るように移動しつつ、肘打ち→裏拳→アッパーカットの3段攻撃を決める技で、ラルフと同じく、最初の肘打ちの動作が終了するまで足元が無敵状態となる。なお、技の動作は弱が速く、移動距離は強がラルフよりも長い。『'99』以降は動作が変更され、裏拳とアッパーカットの2段攻撃になった。このアッパーカットを「ナパームストレッチ」でキャンセルすることで追撃が可能。『MI』シリーズでは「ガトリングアタック・ファースト」「- セカンド」と分かれた連続入力技になっている。
この技も、ラルフとの差別化を図るためか、作品によっては登場しない。
スーパーアルゼンチンバックブリーカー(SAB)
技名が長いため、攻略記事では「SAB」と略される。相手を掴んで垂直に放り投げてから両腕で受け止め、地面に叩き付ける。『'94』のときから、ラルフの同じ技よりも有効間合いが広く設定されている。また、『'96』にて「フラッシングエルボー」という追撃技が追加されたことも、ラルフとの差別化を図っている。クラークの強さを支える投げ技であり、この技をいかに決めるかが基本となる。『メタルスラッグ6』でもこの技は登場するが、放り投げるだけで受け止めなくなっており、むしろ下記の技に近くなっている。
投げっぱなしスーパーアルゼンチンバックブリーカー
『MI2』からの技。「SAB」のバリエーションで、ラルフと同じく放り投げた相手に空中追撃を入れられる。
スーパーアラビアンバーグラリーバックブリーカー
『'95』と『'98』のみの技。ダッシュで接近して相手に掴みかかり、担ぎ上げてから膝の上に落とす。ダッシュ中は足元無敵で、ガード中の相手、攻撃避けや緊急回避中の相手も掴める点が長所。
ナパームストレッチ
『'96』にて追加された技。前方に飛び上がり、空中の相手を掴んでそのままの状態で地面に叩きつける。『キン肉マン』のキン肉アタルの技そのまま。
フランケンシュタイナー
『'96』にて追加された技で、実際のプロレス技。決めると膝をついて起き上がり「ヘーイ!」とプラトーンよろしく決めポーズをとる。追い打ちで「フラッシングエルボー」を決める事ができるが、あえてそれは出さずに、この「ヘーイ!」を楽しむという嗜好もある。
ローリングクレイドル
『'96』からの技で、相手にダッシュして掴むと、相手の体ごと激しく回転する「地獄車」を決めつつ相手を投げる。実際のプロレス技で、和名は「回転揺り椅子固め」。『'99』以降は「マウントタックル」からの派生技となっている。
フラッシングエルボー
『'96』にて追加された、各種投げ必殺技からの追加技で、「SAB」「フランケンシュタイナー」「スリーパーリフト」「ナパームストレッチ」の4つのコマンド投げを決めた直後に入力すると、相手にすばやく接近して肘打ちを叩き込む。武藤敬司の得意技。
マウントタックル
『'99』にて追加された技で、突進して相手を押し倒す。この技単体ではダメージは無いが、ここから以下4つの技に派生する。
クラークリフト
相手の体を抱え込んで後方の地面に叩き付ける。アレクサンドル・カレリンの「カレリンズリフト」(俵返し)。
スリーパーリフト(D.D.T.)
相手を掴んで頭を抱え込みつつ、自分も仰向けに倒れこむようにして後方に叩き付ける。「D.D.T.」。「マウントタックル」からの派生技の中で、「フラッシングエルボー」に移行できるのはこの技のみ。
リバースD.D.T.
上記の技の「D.D.T.」が「リバースD.D.T.」になったもの。「スリーパーリフト(D.D.T.)」は『2003』からこの技に変更された。
ローリングクレイドル
技の仕様は、単体で出したものと同じ。押し倒した側の反対方向に転がっていく。
シャイニング・ウィザード
『KOF2002』(以下『2002』と表記)からの技で、しゃがんでいる相手にのみ決まる、移動投げ扱いの技。相手の立て膝を踏み台にした膝蹴りで武藤敬司の得意技である。

超必殺技
ウルトラアルゼンチンバックブリーカー(UAB)
相手の体を垂直に放り投げる動作を3度決めてから(この動作はシリーズ共通)、(『'95』までは)「ショルダーバスター(デスマウンテンバスター)」を決めて挑発ポーズを取る(この挑発は演出であるため、相手のパワーゲージを減らす効果は無い)。最後に決める投げ技は作品によって異なる→「デスバレーボム」(『'96』以降は通常版)、「クラークスパーク」(MAX版)、「クラークスペシャル」(リーダー超必殺技)など。『'95』以降は有効間合いが非常に広く、威力の高さも折り紙付きであり、クラークの切り札。
技の動作は『THE MOMOTAROH』の「トリプルベンケーブリーカー」が元ネタ。「クラークスパーク」「クラークスペシャル」はそれぞれ『キン肉マン』の「マッスルスパーク」「ロビンスペシャル」そのまま。
ランニングスリー
前方ダッシュで相手を掴むと、上に掲げて助走してからのパワーボムを1回ないし3回決める移動投げ。ダッシュ時、クラークが「ランニングスリャー!」と叫ぶ。クラッシュギャルズの長与千種の得意技。
ランニングパイレーツ
『2002』・『NEO WAVE』のMAX2。ランニングスリー同様の移動投げで、左右の画面端を往復して壁に叩き付け、とどめに思い切った「ランニングスリー」を決める。
スペシャルガトリングアタック
『XI』からの技。超必殺技では初の打撃技で、打ち下ろすようなフックから「ガトリングアタック」に繋ぐ。
スピニングパワーボム
『MI2』から使用。空中の相手を掴み、バックブリーカーを決めてから回転しつつパワーボムを決める。
ナパームストライク
『KOF'98 ULTIMATE MATCH』から使用。「ナパームストレッチ」の強化版。
ロアリングスフィア -怒号層圏-
『KOF2002 UNLIMITED MATCH』で「ランニングパイレーツ」の代わりに使用するMAX2。コマンドを追加入力していく事で合計6回投げられる、投げの乱舞技。

2009年01月21日

聖書翻訳(せいしょほんやく)

聖書翻訳(せいしょほんやく)とは、聖書を様々な言語へ翻訳することである。ユダヤ教もキリスト教も複数言語に跨って発展した宗教であり、その聖典である聖書をいかに翻訳するかは古来より大きな問題であり続けた。活版印刷の発明以来、ヨーロッパ各国でプロテスタント系の翻訳が盛んになり、その後ヨーロッパ諸国の海外進出に伴って世界各国語への翻訳が盛んに行われるようになった。

ユダヤ教の聖典である「タナハ」、キリスト教で言うところの旧約聖書(以下、本項では「旧約聖書」と呼ぶ)の原著の大部分はヘブライ語で書かれ、一部「ダニエル書」、「エズラ記」、および「エレミヤ書」はアラム語で記述された。

「歴史」の項でも述べることになるが、旧約聖書は紀元前3〜1世紀にギリシャ語に翻訳された。これは七十人訳聖書と呼ばれ、キリスト教世界では長らくこのギリシャ語テキストを旧約聖書の原典とみなしていた。しかしユダヤ教ではユダヤ戦争後に確定していったヘブライ語のマソラ本文を原典とした。この2者には取り扱っている文書に差異があり、本文も多少違っている。

5世紀になるとヒエロニムスが新旧約聖書のラテン語翻訳を行ったが、旧約聖書については七十人訳を基本としながらそれを遡るヘブライ語原典を参照したと言われている。この翻訳は新約とともにラテン語標準訳ウルガタと呼ばれて長く西方教会で権威を持ち、他言語への聖書翻訳が行われるときもこのウルガタから翻訳されることも多かった。事実上の原典として扱われていたのである。

宗教改革でルターがドイツ語訳聖書を参照したとき、ウルガタが底本とした七十人訳を退け、マソラ本文を原典として扱った。このためにプロテスタントとカトリックでは旧約聖書に含まれる文書に差異を生じることになった。

今日、旧約聖書の底本として多く用いられるのはドイツ聖書協会発行のビブリア・ヘブライカ・シュトゥットガルテンシアであり、日本語の新共同訳聖書もこれを用いている。ただカトリックから見ればいくつかの文書を欠くので、それは『ギリシア語旧約聖書』(ゲッティンゲン研究所)などから補われている。

新約聖書
新約聖書の原著は、概ねギリシア語で書かれているとされている。しかし、特定の巻はその一部もしくは全部がアラム語で書かれていた可能性をあげる学者も存在し、その根拠には「ヨハネによる福音書」のロゴスに関する有名な導入部がアラム語による賛美歌のギリシャ語訳ではないかと考えられていることがある。

新約聖書は、著書も文書の性格も異なる複数の文書から成り立っているが、その文書群が聖典として定義されるにあたっては、長い時間がかかった。アタナシオス(298年 - 373年)によってあげられた27の文書が聖典として承認されたのは397年のカルタゴ教会会議であるが、『ヤコブの手紙』と『ヨハネの黙示録』が聖典、つまり新約聖書の中に含まれるのかどうかについてはその後も議論が残った。

5世紀になるとヒエロニムスが当時としてはかなり徹底した新旧約聖書のラテン語翻訳改訂を行い、それはラテン語標準訳ウルガタと呼ばれて長く西方教会で権威を持った。他言語への聖書翻訳が行われるときもこのウルガタから翻訳されて事実上の原典として扱われ、カトリック教会では20世紀半ばまでそれが維持された。

活版印刷が発明されると、聖書のギリシャ語原典やヘブライ語原典が盛んに出版されるようになり、特に新約聖書は16世紀に出版されたエラスムスのテクストゥス・レセプトゥスが広く知られるようになった。宗教改革のルターやティンダルはウルガタではなくて原典からの聖書翻訳を目指したが新約聖書については、この テクストゥス・レセプトゥスを用いている。

テクストゥス・レセプトゥスはその後も多くの翻訳で底本として用いられてきたが、そのテキストには問題が多々あることが指摘され続け、正文批判や聖書学が進んできた結果、今日では翻訳の底本として使われることは無い。
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今日、新約聖書の底本として用いられるのはネストレ・アーラントの校定本であり、特にその第26版はそのまま聖書協会世界連盟のギリシア語新約聖書の修正第三版に採用されている。

重訳
原典の底本が確立している今日、重訳が堂々と行われることはあまり無いが例外もある。たとえばエルサレム・フランス聖書考古学学院が発行したフランス語のエルサレム聖書はその学問的正確さと豊富な注釈から注目を集め、英語などに重訳されている。大胆な意訳で有名なリビングバイブルは、それ自体がアメリカ標準訳(ASV)聖書からの重訳である上に、さらに別の言語へ重訳されている。

また、聖書協会やこれに類する組織が世界各国で膨大な数の言語への聖書翻訳を推し進めてきたが、それら全てがギリシャ語やヘブライ語からの真正直な翻訳と考えるのは無理があり、実質的にはNRSV、TEV(GNB)、CEBといった、既存の英語訳聖書からの重訳であろうということは指摘されてきた。(2005年時点で、SILインターナショナルen:SIL Internationalがあげている6900の言語の中の2400もの言語に聖書は翻訳されている。内訳はアフリカでは680の言語、アジアでは590、オセアニアでは420、ラテンアメリカとカリブ海では420、ヨーロッパで210、北アメリカで75である。)同様にファンダメンタリズム系や福音主義系の諸教会が世界各国で翻訳している新改訳聖書は実質的にほとんどが英語訳のNIVからの重訳であり、エホバの証人が世界各国で翻訳している新世界訳聖書も実質的にほとんどが英語訳のNWTからの重訳だろうと考えられている。